後編では、映画論としての「ヴィラン(悪役)」から、プロアーティストとしての体調管理、そして創作の喜びまで幅広く語り合います。なぜ悪役は魅力的なのか、長期的なキャリアを築くための健康管理の重要性、そして絵を描く際の「ゾーン」体験について、二人の専門家が深く掘り下げます。
/ Interview
後編では、映画論としての「ヴィラン(悪役)」から、プロアーティストとしての体調管理、そして創作の喜びまで幅広く語り合います。なぜ悪役は魅力的なのか、長期的なキャリアを築くための健康管理の重要性、そして絵を描く際の「ゾーン」体験について、二人の専門家が深く掘り下げます。
※注記:本インタビューの内容は鳥海ひかり氏個人の見解であり、所属スタジオに関するものではありません。
鳥海ひかり(以下、ひかり)私がなんでヴィランが好きかっていう話なんですけど。一般的なヴィランの話をしてるんですが、よくわからない時は(マーベルの)ロキを想像してください。一般論といっても、私ほとんどロキのことしか話してないんで(笑)。
栗田唯(以下、ユイ)そもそもロキを好きになった理由って何なの?
ひかり私がこのロキにハマっちゃったのが、正直マーベル映画は全然ハマってなくて一連のトレンド全部見落としてたんですけど、去年『マーベル・ライバルズ』(2024,NetEase Games)っていうゲームが出たんです。で、ゲームが出る前にトレーラーが公開されて、その時に最初に紹介されたキャラクターがロキだったんですよ。そのロキのスキンが可愛すぎて!トナカイちゃんみたいな超可愛くて。私、この『マーベル・ライバルズ』のアートディレクターさんのスタイルが好きっていうのもあるんですけど、このロキが可愛すぎて。
ユイ目がハートになっちゃってるやん(笑)。
ひかりそこから映画を見始めて。映画見たら、ビジュアルは違うんですけど、概念としてロキはロキじゃないですか。で、ロキめっちゃ可愛いってなって、ずぶずぶハマっていきました。
ロキは特に最近めっちゃハマったヴィランなので、いい例えとして出してるんですけど、昔から結構ヴィラン派で、物語の中でヒーローかヴィランかっていったら、圧倒的にヴィラン派だったんですよ。3歳の時に見たフランス製の幼児番組があって、その中に出てくるヘンテコな悪役でも好きで。その悪役が映ってるVHSのカバーにチュッてしてポッ(照れ)としてたり。顔がカッコイイとかじゃないんですけど、存在自体が好きでした。
ユイもっと大人になってから好きになったわけじゃないんだ。昔からこう引かれるものがあったんだね。
ひかり昔からヴィラン好きでしたね。それが顕著に現れたのは最近なんですけど、私のヴィラン好きを決定づけたのは、やっぱりキルモンガーでした。『ブラックパンサー』の。マイケル・B・ジョーダンだったからっていうのは否めないですけど(笑)。なんでヴィランが好きかっていうのが、あれで分かった感じがありました。
ユイキルモンガーと聞いて思ったのは、ヴィランの良さとして、弱みの部分もあるっていうこと?
ひかり(ジェスチャーで「そうなんです!」)
Tokyo Anim Unite 2024でSOIFULメンバーと
ひかりヴィランの最大の美味しいポイントは「弱み」なんですよ。
弱みもそうなんですけど、その前に、まずヴィランってかっこいいじゃないですか。なんでかっこいいかっていうと、物語の構造上、悪役って主人公がどれだけ強くなったか、どれだけ成長したかを見せる鏡として存在しないといけないので、最初は主人公より強いんですよね。それが知恵なのか、パワーなのかは属性によって違うんですけど。主人公より強いから、かっこいいんですよ。
で、それに加えて弱みが入ってくるわけです。その弱みっていうのが、キルモンガーが一番いい例なんですけど、誰しも生まれた時から悪役として出てくるわけじゃないんですよね。最初は普通の人だった。まともだったのに、子供時代にトラウマになる出来事があって、それで間違った結論に辿り着いてしまう。
ユイうんうんうん。
ひかり「自分はこういう扱いを受けた、だから世界はこうあるべきだ」っていう間違った結論に辿り着いちゃって。それで止まってたら単なる負け犬なんですけど、そこをかっこいい悪役たらしめてるのは、その結論を信じて突き進んで、成り上がるんですよ。
その間違った、歪んだ世界観なんだけど、それを徹底することに秀でてたから強くなるじゃないですか。もうそこも泣けてくる。辛い思いをして、諦めなくて、でも出した結論は歪んでるんだけど、それをねじ伏せるだけの才能があったっていうのが、もうかっこいいじゃないですか。
ユイ続けてください(笑)。
ひかりで、大事なのは、最終的にやっぱり悪役は負けないといけないんですよ。負けるっていうのは「あなたの出した結論は間違ってましたよ」って、ヒーローに、主人公に真っ向から言ってもらって負ける。ある意味、自分に起きたトラウマも間違ってたんだって、逆に肯定してもらって、初めてそこで悪役のアークが終わるんですよ。もう泣けません?
ユイ泣けますとも。それ聞いてて思ったんですけど、『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』(2025,Netflix)もまさにそれですよね。
ひかりそう!!あれもね、私が今言ったヴィラン論を忠実になぞってくれたんですよ。
悪役が人気になる話なんですけど、意図的にやってるかどうか分からないですけど、悪役好きあるあるの特徴として、悪役が人気になるときって大抵、自分だけがこのキャラの良さを分かってる感をくすぐってくれるんですよね。
ユイなるほど。みんな分かってないかもしれんけど私は分かってるぞ、みたいな(笑)。
ひかりそうそう。普通にみんな王道で言ったらソーの方が絶対かっこいいじゃんっていう中で、あえて「でも私は本当のロキの価値を分かってる」みたいに思わせてくれる。
ユイまんまとハマってる(笑)。それをさらに俯瞰で見ることはできないの?結局はみんなも同じように思ってるんだって。
ひかり分かってますよ。私がロキ一番かわいいと思ってるって、それ以上に思ってる人が世界中にたくさんいるっていうのは。でも分かりつつも、みんなのものなんで、別に独占しようとしてないです(笑)。
映画の中での悪役っていうところから、ちょっとマクロで引いて言うと、キャラクターとして愛されるっていう意味では、悪役に一定数必ずファンがいるのは、そういうふうにくすぐってくれるところがあるからだと思います。
あとやっぱり悪役が強くないと主人公も強くなれないので、悪役がどれだけ映画を引っ張っていけるかで、主人公がどれだけ成長できるかっていうのが決まりますよね。
Tokyo AnimUnite 2024でビジュアルデザイナーの伊藤より子さんと
ひかり最近は、ちゃんと健康管理もしてて、ジムにも通って、夜更かしもあまりしないようにしてます。まあ、そうは言っても夜中1時に寝たりするんですけど。絵を描くための体を作るっていうのに最近フォーカスしてて。
ユイアスリートみたいだね、もはや。
ひかり最近本当に思うのは、継続的にちゃんと成果を出すには、ちょっと体調が悪くて…みたいなことをやってる暇がないんですよ。体調が悪いと頭も動かないので絵も描けないですし。今もずっと立ってるんですけど。
ユイあ、そうだったんだ。仕事もスタンディングでやってる?
ひかりはい、最近ちょっと変えて。ある時期に毎日長時間描くことを続けていたら、首にきちゃって。痛いってわけじゃないんですけど、やばいなっていう感覚がきちゃって。その時すでに手首も肩もエラーサインが出てる状態で、首にもきたので、長期的にこれやってたらキャリアとして続けられないなって思って、描き方を変えたんですよ。
なので最近は、液タブとモニターが3つあるんですけど、モニターの1つを液タブの真正面に置いて、そのモニターと液タブをシンクさせて、両方同じものを映してるんですよ。
ユイなるほど。
ひかり液タブを板タブみたいに使ってるんですよ。そうすると首が下向きにならないので、首は守られて、肩も液タブの高さを下げれば大丈夫で。ただ、板タブにしちゃうと線画を描く時にどうしても描きづらいんですよね。なので液タブと板タブ両方できるみたいな感じで、細かいところ描いてる時は液タブを見て、色塗りとかあまり集中しなくていい時は正面のモニターを見て、みたいな感じで最近やるようにしてたら、長時間描いてても、あまり体にこない感じにできるようになりましたね。
ユイひかりちゃんにアスリートって言葉が合ってる気がするんだよ。俺はそこまで考えてないっていうのが本音で。でもひかりちゃんはやっぱり常にいい成績を残すというか、まさにホームランをいっぱい打つためにいろんな準備をしてるなって気がしてて。
ひかりやっぱり、若い頃はまだ駆け出しでしたし、無茶もきいたし、プロだからみたいな感じで気取るのが恥ずかしくて、そういう方向に意識が向かなかったんですけど。今は新卒とは言えない年齢になって、この仕事をちゃんと続けていくためには、体調管理って本当に大事だなと思って。絵を描くっていう動きが、肩が痛くなっただけで本当に生産性がだいぶ落ちちゃうので。
ユイめちゃくちゃいい話だと思う。要するに鳥海ひかりを目指すっていう人に対しては、ただ絵が上手くなるだけじゃなくて、自分の体を大事にしてねっていう。
ひかりそれは大学時代の自分に伝えたかったんですけど。大学時代は若かったから無理がきいたのかもしれないですけど、作業をずっとしてると部屋にこもって運動不足になるじゃないですか。運動不足になると寝不足になって、寝たいのに寝れないってなるじゃないですか。それが良くないなと思って。だから最近はジムに行って筋トレするか走るかしてます。あまり暑くなかったら夕方に家の周りを30分走ってます。
ユイいつも体を動かして、アスリートがぴったりな気がするなと思って聞いてたけど、生活のリズムがガラッと変わったんだね。
ひかり首の一件があってから本当に、絵が描けなくなっちゃうかもしれないっていう恐怖を目の当たりにして。もうね、死ぬまで絵を描いていたいので、今のうちに体を作っておかないとなと思って。
ユイそう言えるのはやっぱりすごいね。死ぬまで絵を描き続けたいって言えるのすごいな。
オリジナル作品の創作を進める鳥海ひかりさん
ユイでは最後のテーマとして、一番嬉しい瞬間というか達成感を感じる瞬間ってどういうとき? 僕は格好つけるわけじゃないけど、今とかがすごく楽しいですよ。こういう人と話して、自分も話すのも好きだし、聞くのも好きだし、楽しい話をして、ワハハハと笑ってる時間が最高に好きですね。今まさにこれ。むしろ絵を描いてる時間よりも話してる時が一番好き。ピッチの時間も好きだし、ピッチでみんなでディスカッションしてる時間も好きだし。みんなが笑ってる時間が楽しすぎますね。それは仕事だけじゃなくて、もちろんお酒飲みに行ってとか、仲のいい人たちと好きな話をしてるあの時間です。
ひかりそれを聞いて、ユイさんと私っていい意味でストーリーアーティストとして全然違う方向にいるなと思って、いいなと思いましたね。私ができたらいいなって思ってるところを、ユイさんは楽しいと思ってる。私も今話してて楽しいんですけど、そこを目指してるっていうよりは、私の場合は2つあって、その1つは絵を描いてる最中で、毎回入れるわけじゃないんですけど、ちゃんとゾーンに入ってる時は、もう現実よりも楽しいんです。
ひかりそのゾーンに入るのが結構体力を使うんですよ。ある程度カフェインも摂ってないといけないし、体調も万全じゃないと入れない。ゾーンに入るとか言うと気取ってるように聞こえるかもしれないですけど。
ユイすごいな。
ひかりそこに準備万端で入ってる時は、たぶん脳からいい汁がたくさん出てるので、めっちゃ頭の中で盛り上がってるんですよ。いいサントラとかも聴いて、「ああ、もう最高!」って。クライマックスって、キャラクターが一番スリリングなところをやってたりするわけじゃないですか、感情でもアクションでも。その瞬間を何千回も生きられるんですよ、頭の中で。それって楽しいじゃないですか。
ユイほえ~~、なるほど。
ひかり絵を描いてる時は、そこにハマれたら、めっちゃ気持ちいいですね。それが監督の意向に合ってるかどうかはまた別の話で、全然違ったってこともあるんですけど。
ユイひかりちゃんと僕、楽しい話もするし、仲良いと思ってるんだけど、蓋を開けたら全然違う脳みそっていうか。やっぱりひかりちゃんすごいなって聞いてて思った。すごい境地に達してる人の話な気がして、アーティスト性というか、物をつくる人の一番あるべき姿な気がして、羨ましいです。
今回はこんなにたくさん話してくれて、本当にありがとう。めちゃめちゃ楽しかったです!
ひかりありがとうございました!
前編では、鳥海ひかり氏のキャリアの軌跡について語りました。アニメーターからストーリーアーティストへの転身、ピクサー時代からグレン・キーンスタジオ、TONKO HOUSE『ONI』での協働、そしてDisneyへの道のりについて。
中編では、ストーリーボードの本質と哲学について深く掘り下げました。脚本から視覚情報への変換プロセス、ストーリー開発におけるストーリーアーティストの役割、感情的瞬間の設計方法、そして日米のアプローチの違いについて。